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広報戸田市 2018年6月1日号

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「戸田土地区画整理組合」

 戸田漕艇場建設には、荒川改修に付帯して実施された三領排水路工事に合わせて昭和12年(1937年)に結成された戸田土地区画整理組合が大きく関わっていました。この事業では、荒川改修に併せ排水路の一部を漕艇場にするとともに、一大工業都市をつくりあげることを計画していました。

 第12回五輪開催地が昭和11年(1936年)に東京に決定し、漕艇競技会場招致合戦の末、昭和11年(1937年)2月に戸田に決まると戸田村は歓喜に包まれました。

 漕艇場は、日中戦争激化による五輪開催返上に伴い規模が縮小されましたが、昭和15年(1940年)に竣工しました。

 戸田土地区画整理は、漕艇場を含む459.2ヘクタールという大規模なものでしたが、昭和30年(1955年)に事業が完了し、現在の戸田公園内に記念碑が建立されました。

(注釈)三領:笹目領、戸田領および川口領のこと


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